犬 は最も早い時期に家畜化された動物である。羊 の家畜化はそれに次ぐ古さで知られている。
家畜化 (かちくか) および栽培化 (さいばいか) とは、前者が動物 で後者が植物 と、対象とする生物が異なるものの、いずれも、ヒト (人間)が対象の生殖を管理し、管理を強化していく過程をいう 。その過程においてヒトは自らに有益な特徴を多く具える個体 を対象の群れ の中から人為選択 し続けるため、代を重ねることで遺伝子 レベルでの好ましい変化が発現し、固定化し、家畜化・栽培化が成功する。栽培化は作物化 (さくもつか)ともいう 。
英語 では "domestication " (1774年 初出 )が日本語 「家畜化」に最も近似の語ではあるが、動物・植物の区別もなければ(元来は)遺伝子とも無関係で、用法は「飼い慣らし [注 1] 」に近い[注 2] 。なお、上述の日本語「栽培化」および「作物化」は、英語表現[植物 + domestication][注 3] の訳語として生まれている 。
日本語でいう「家畜化」の過程では、動物の表現型発現および遺伝子型における変化が起きるため、動物を人間の存在に慣らす単純な過程である調教 とは異なる。生物の多様性に関する条約 では、「飼育種又は栽培種」とは、「人がその必要を満たすため進化の過程に影響を与えた種」と定義されている 。したがって、家畜化・栽培化の決定的な特徴は人為選択 である。人間は、食品 あるいは価値の高い商品 (英語版 ) (羊毛 、綿 、絹 など)の生産や様々な種類の労働 の補助(交通 、保護 、戦争 など)、科学研究 、ペット あるいは観賞植物 として単純に楽しむためなど様々な理由でこれらの生物集団を制御下に置き世話をしてきた。
家の中や周りを美しく することが主な目的で栽培化された植物は、通常「観葉植物」あるいは「観賞植物」と呼ばれるが、大規模食料生産のために栽培化されたものは一般的に「作物」と呼ばれる。特別に望まれる特徴を意図的に変更あるいは選択した栽培植物(栽培起源種 (英語版 ) を参照)と人間の利益のために用いられる植物とを区別することは可能であるが、野生種からは本質的な違いはない。家での交わりのために家畜化された動物は通常「ペット」と呼ばれるが、食料あるいは労働 のために家畜化されたものは「家畜 」と呼ばれる。
概要
有史 以来人間は、多くの動物を自分たちのために飼育し、繁殖させてきた。その利用目的は様々で、食肉 、乳 といった食料を得るため、毛皮 や角 などの日用品 を得るため、役畜 として畑を耕すため、移動のために騎乗するため、狩り のパートナーや愛玩用のためといったものがある。人間の管理下での繁殖の過程において、それらの動物には様々な変化が起きている。その一部は、より有益なものを選んで繁殖させるうちに、その特性が強化された、いわゆる品種改良 の結果である。
しかし、それ以外の部分にも共通してみられる変化が生じており、これらの変化を総じて家畜化 と呼んでいる。
なお、アジアゾウ のように、人間によって飼い慣らされ役畜 として使われていても、繁殖 が人間の管理 下に無い、もしくは入り切っていないものについては、「家畜化」という言葉を使わない場合も多い。
観賞 、愛玩 目的に品種改良をされ飼育された場合は、愛玩化 と呼ばれ、畜産物 や水産物 の生産や仕事を目的に品種改良をされ飼育された場合は、家畜化 と呼び、養殖化 とは愛玩化 と家畜化 の両方を指して呼ばれることもある。ただしニワトリ のように、家畜化された当初は美しい声や朝一番に鳴く声を求めた祭祀 用、および鶏どうしを戦わせる闘鶏 用として家畜化されたものが、のちに肉や卵を求める畜産用途が主用途となったものも存在する。
家畜化された動物の、家畜化の程度はさまざまである。多くの動物は改良前の原種 からは大きく変化し、ウシ のように原種が絶滅してしまったものも存在する。ほとんどの家畜は人間の管理下を離れた場合野生に戻ることは可能であるが、最も強く家畜化された動物であるカイコ の場合、食料確保から移動にいたるまですべて人間の管理に頼るようになってしまい、人間の手を離れては生きられなくなっている。
家畜化の条件
進化生物学者 ジャレド・ダイアモンド の著書『銃、病原菌、鉄』(2013年刊、原著1998年刊) によると、家畜化に適した動物(大型哺乳類)の条件は次の6つを満たすものである。
飼料の量
草を食む牛の群れ
多くの種類の食料を進んで食べ、また生態ピラミッド の下位に位置する飼料(トウモロコシ やオオムギ )を、そのなかでも特にヒトが食べられない飼料(秣 〈まぐさ〉 や牧草 など)を主食とする動物は、飼育に多くの出費を必要としないため、家畜化されやすい。純粋な肉食動物は、たくさんの動物の肉を必要とするため、家畜としては不適であるが、例外として、残飯で飼育できるうえに害獣を狩れるものは家畜化される場合がある。
速い成長速度
ヒトより速く成長して繁殖可能になる動物は、ヒトの手で繁殖させることにより、ヒトにとって有用な性質を具える家畜へと比較的短期間で変容させることができる。一方で、ゾウ のような大きな動物は、役畜として有用になるまでに長い年月を要する点で、家畜には不向きである。
飼育下での繁殖能力
飼育下で繁殖したがらない動物は、ヒトの手で有益な子孫を得ることができない。パンダ やアンテロープ など、繁殖時に広いテリトリーを必要とし、飼育された状態では出産が難しい動物は家畜にならない。
穏やかな気性
大きくて気性の荒い動物を飼育するのは危険である。例えば、アフリカスイギュウ [注 4] バッファローは気まぐれで危険な動物である。アメリカのペッカリー やアフリカのイボイノシシ とカワイノシシ (英語版 ) はイノシシ の一種であり、家畜化されたブタ と似たような部分があるものの、飼育が危険であるために家畜化は成功しなかった。
パニックを起こさない性格
驚いたときにすぐに逃げだすような性格の動物も飼育しておくのが難しい。例えば、ガゼル は素早く走り、高く跳ぶことができるので、囲まれた牧場から簡単に逃げ出せる。パニックに陥りやすいという点では家畜化されたヒツジ も同じ条件ではあるが、群れをつくる習性がとりわけ強いため、これをヒトやヒトに指図されたイヌによって利用され、群れ全体を制御されている。
序列性のある集団を形成する
群れを形成する動物には、個体間で序列性を作り自身よりも序列上位の個体の行動に倣う習性をもつ種ともたない種がいる。ウシ やウマ 、ヒツジ などは前者の典型であり、集団のヒエラルキー の頂点にヒトを据えることで容易に集団のコントロールが可能になるが、同じく群れを作るシカ (トナカイ を除く)やレイヨウ などははっきりと集団内の序列を作ることがない。北アメリカ原産のビッグホーン はヒツジの原種であるムフロン とよく似た特徴を具えているが、この一点において家畜化されることはなかった。
家畜化に伴う変化
一般的に、家畜化される動物には以下のような変化を生じる。
気性がおとなしくなり、ヒトに服従しやすくなる。
脳が縮小する。
ヒトにとって有用な部位が肥大化する。
これらは、どちらかと言えば人為選択による変化である。それ以外に、副次的に以下のような変異があるとされる。
繁殖時期が幅広くなる。
斑紋など外形の多様性が大きくなる。
病気等に弱くなる。
生活環 を全うするのにヒトの手助けが必要になる。
このような現象は、ヒトの保護下にあることで、自然選択 の圧力がかからなくなるために引き起こされるものと考えられる。
歴史
家畜化や動物の飼育技術の発達には長い時間が掛かるため、短い時間単位でのある一時期を指して「ここで家畜化が起こった」などといった断言はし得ない。動物の家畜化が初めて起こったのは中石器時代 のアフロ=ユーラシア大陸 (アフリカ大陸 とユーラシア大陸 )のどこかであったとする説が有力ではあるが、それは最も早く家畜化された動物として確証されているイヌ の、それが行われた時期をいつと考えるかで大きく変わってくる。
イヌの家畜化
イヌは、タイリクオオカミ に属する複数の亜種 のいずれかから亜種レベルで種分化 したと考えられている。時期については様々な説が唱えられており、それらの説どうしの時間的な開きは大変に大きい。最も古い時期を推定するのは分子系統学 的知見に基づく学説で、現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)の出現以前、つまり、ネアンデルタール人類かプレネアンデルタール人類 が成し遂げた可能性を示唆しており、紀元前98000年(100000年) を超えた過去にまで遡り得る。また、考古学 的知見では、シリア のドゥアラ洞窟(Douara Cave. シリア砂漠 にある中期旧石器時代の洞窟遺跡 )にある紀元前33000年前(約35000年前、ムスティリアン期 )のネアンデルタール人(ネアンデルタール人類)の住居跡から出土した“オオカミでもジャッカル でもなく、イヌにしか見えない、小さなイヌ科 動物の成獣らしき個体 の下顎骨 ”が、“人類史上最古の家畜化の証拠”かも知れない遺物 である 。しかし、多くの学説はやはり現生人類の手で成し遂げられたと主張している。それらの説については「家畜と原種、時期と場所」節の「イヌ 」の欄を参照のこと。最も遅い時期を推定するものは紀元前11000年以前 (約13000年前)とする。地域については、かつては中東説が有力であったが、ミトコンドリアDNA の解析が成されて以降は東アジア 説が最も有力となった。しかし2010年代後半になると別系統の分子系統学的視点から中東説とヨーロッパ 説が多くの研究者の支持を集めるようになってきてもいる。
ヤギとヒツジの家畜化
イヌに次いで家畜化されたのはヤギ とヒツジ で、これらも時期については諸説あって、ヤギがヒツジに先行したともヒツジがヤギに先行したとも主張される。いずれにしてもおおよその時期は紀元前8千年紀 の前後数千年の間のことで、地域は、ヒツジがメソポタミア 地方、ヤギはその北東に位置するイラン であったとされている。ヤギとヒツジの家畜化は、定住による人口増加とそれに伴う野生動物の減少を補う手段であったと考える研究者もいるが、遊牧民 によって成されたというのが従来の考え方である。乳 (山羊乳)や毛(羊毛 )など二次生産物の利用は、家畜化からかなりの時間が経ってから行われるようになったとする説もあれば、ヤギの家畜化は肉・乳・皮の利用から始まったとする説もある。また、ヒツジの家畜化は、先行して始まっていたヤギの利用では十分に補えない、ヤギのそれより栄養素 として高品質な脂肪 と、被服に活かせる高品質な毛の確保にあったとする説がある。
アメリカ大陸における家畜化
なお、家畜化のほとんどはアフロ=ユーラシア大陸で行われてきた。アメリカ大陸 で家畜化された動物はわずかにシチメンチョウ やノバリケン 、モルモット 、リャマ 、アルパカ 程度に過ぎず、特に運輸に使用できるような家畜は南アメリカ のリャマ一種に過ぎない。特にオルメカ 文明・マヤ文明 などのメソアメリカ 文明においては家畜化はほとんど行われず、ユーラシア大陸からベーリング地峡 経由でヒトに連れられて渡ってきたイヌ と、現地で食用として家畜化されたシチメンチョウ以外には、家畜は存在しなかった。
家畜の一覧
家畜を分類するにあたっては、何を基準にするかでいくつかの方式が考えられる。下記の「家畜と原種、時期と場所 」節では、原種との対比と時期と場所を基準にしている。その次の「タクソン別 」節では、分類学 による分類を基準にしている。最後の「目的別 」節は、別項「家畜一覧 」を案内してる。
家畜と原種、時期と場所
英語版の「家畜の一覧」である「List of domesticated animals 」は、内容的に当セクションと近似で、補完し合えるところがある。英語版では、限定的・部分的な家畜化の例も、全面的な家畜化と区別したうえで(セクションを別に設けて)リストに挙げている。
当セクションでは、重要な家畜とその原種を、家畜化の時期と場所とともに列記する。記述は時期の古さ順。
「家畜」欄および「原種」欄の内容は、1. 和名 、2. ( )括弧内は、必要なら英語版リンク、あれば漢字表記、必要なら補説、3. 学名 (斜体で表記)。
タクソン別
ここでは、タクソン (分類群)を基準にして家畜を分類する。
用途別
ここでは、用途を基準にして家畜を分類する。
他を家畜化する動物
「家畜」という語は、ヒトが他の動物を利用するのに限って用いられるのが本来で、通例であるが、生物学的知見の蓄積により、それに匹敵するような生態を有する動物がいる可能性のあることが明らかになっている。それはちょうど「道具 の使用」(cf. 文化 (動物) )がヒトに独特で他に類を見ない特徴とされていたかつての常識が今では通用しないのと同様である。
ヒメカドフシアリとアリノスササラダニ
具体的には、インドネシア のボゴール植物園 内に棲息するヒメカドフシアリ(アリ科フシアリ亜科のアリ の一種。カドフシアリ属〈gunes Myrmecina 〉の1種 。グンタイアリ の近縁亜科の種)が、アリノスササラダニ(学名:Aribates javensis ササラダニ の一種)を“家畜”として“飼育”したうえで、餌が不足した際の非常食用の、すなわち“貯蔵食”として利用している可能性があることを、伊藤文紀(農学者 、香川大学 農学部教授) らが発見している 。アリノスササラダニは、他のササラダニとは違って体が柔らかで、しかも、ヒメカドフシアリはアリノスササラダニの産卵時に卵をくわえて取り出す、すなわち世話をする習性をもつ 。これらの形質は、ヒトおよびヒトの対象動物でいうところの「家畜化」と同様の現象がヒメカドフシアリ(※正確には、ボゴール植物園内のヒメカドフシアリの内のいくつかの個体群 )とアリノスササラダニの生態 として成立しているかも知れないという事実を示してはいる。ただし、伊藤らが自ら言及していることであるが、アリにとってササラダニ類の餌としての価値は大して高くないことも分かっており、蟻客(好蟻性動物)の代表格であるダニ類のアリノスササラダニが、ヒメカドフシアリを片利共生 的にうまく利用しているが、アリが飢餓状態に陥った時に限っては食用にされてしまうという解釈が妥当であるとも考えられ、この事実をもってただちに「他を家畜化している」とは言い難い。
自己家畜化
動物の家畜化と同様の傾向はヒトにも見られ、これを人類学 用語で "self-domestication " 、和訳して「自己家畜化 」という 。
転義
国家 や企業 など、何らかの支配 的能力を有する人間(個人 )や集団 の支配に対し、(とりわけ現支配者と異なる自己同一性 や矛盾する利害関係をもった)支配される側の人間(個人)や集団が、懐柔されるなどして支配を受け容れる状態を指して、20世紀後期後半以降の日本語 では、批判的に「家畜化 」「家畜化する」と表現することがある。
さらには、そのような状態にある会社員 (会社 企業における従業員 )を指す俗語 として1990年(平成2年)に定着した「社畜 」があり、社畜と化す状態を指して「社畜化」ということもある。これらは日本語独自の表現であるが、比較的近い英語として "wage slave " がある 。これは「賃金 奴隷 」という意味で、完全に異なる概念ではあるが、「社畜」と重なる部分がある。「wage slave の状態」は "wage slavery " という (cf. en )。なお、「社畜」と "wage slave" を同義語 とする資料も散見されるが、上述のとおり、結果的の重複部分があるということであって、同義語として安易な使い方をすれば齟齬が生じる。
脚注
注釈
^ したがって、犬 の "domestication" という語 "dog's domestication(犬の飼い慣らし)" も成立する。
^ 次のような語と連結する。animal(動物)、wild animals(野生動物)、plant(植物)、wild plants(野生植物)、human(人間)、ほか。心理学 用語 self-(自己…)→ self-domestication (自己家畜化 cf. en ) 。
^ domestication of wild plants などといった表現。
^ 元資料では、種を特定できない通称「バッファロー 」が用いられているが、論旨に適う種を特定するならアフリカスイギュウが最適である。
^ 「イヌの起源 」も参照のこと。
^ 「ドバト (土鳩、鴿)」ともいうが、この語は「家禽化(家畜化)された後で再野生化したカラワバトの総称」と定義される一方で、別の定義では「カワラバトの飼養品種」であるとされ、ベクトルが逆方向の相反する定義が並立している。いずれにしても、この表では野生のカワラバトが家禽化された時点を主題としており、その家畜の名称を問われれば、「カワラバト」である。「ドバト」の定義はどちらも後世の事象を説明している。
^ ミトコンドリアDNA の解析による知見 。2003年発表 。
^ シロガチョウ(白鵞鳥)はシナガチョウの一種。
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参考文献
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
家畜化 に関連するカテゴリがあります。
外部リンク