『アヴェスター』(英: Avestā)は、ゾロアスター教の聖典である。現代ペルシア語ではアヴェスターと発音するが、中期ペルシア語ではアパスターク (Apastāk)、あるいはアベスターグ (Abestāg) と呼ばれていた。アヴェスターとは、中期ペルシア語で「原典」を意味すると考えられている。
紀元前1000年頃にイラン北東部で話されていたと思われる、インド・イラン語派の方言で記述されている。これは『アヴェスター』以外に用例が見つかっていないため、アヴェスター語と呼ばれる。アケメネス朝時代には編纂されていたが、前330年にアレクサンドロス大王がこれを滅ぼした際の混乱で散逸した。その後、サーサーン朝が成立して間もない3世紀頃に再び作られ、現在まで伝わる形となったと見られる。長らく口承によって伝えられており、6世紀頃にアヴェスター文字で書物へと音写された。元々は21部にわたる構成だったらしいが、イスラム教の迫害を受けて破壊されたため、現存するテキストは4分の1に過ぎない。
『アヴェスター』は、ゾロアスター教の開祖・ザラスシュトラの時代の宗教文学を断片的に集めたものである。その内容は「古代イランの様々な種族なり宗教観の相克を反映」していると評価され、その解釈には様々な学説が提示されている。言語学的には二つの層に分けることができ、最も古い部分はザラスシュトラ自身の言葉で記された『ガーサー』(Gāθā) という賛歌である。これは「歌」を意味する韻文の説教であり、前600年頃のものと考えられていて、インドのベーダ梵語の状態に近い。一方、大部分を占めるその他の部分は前300年頃までに成立したと思われ、「後期アヴェスター」と称されている。この箇所はかなり言語的に崩れているものの、一部にはガーサーの時代の内容が含まれる。
その内容は、善悪二元論の神学、神話、神々への讃歌、呪文等から成り、大きく分けて以下の5部からなる。
『アヴェスター』は、アケメネス朝期の古代ペルシア語とは異なる言語(ガーサー語・アヴェスター語)で、1200枚の牛皮に筆録されていたが、大部分がアケメネス朝の滅亡時に一旦失われた(これを否定する説もある)。
サーサーン朝期に書籍化が試みられた。アヴェスター語をパフラヴィー文字に書き換えるとき、表記できない音があったため、キリスト教パフラヴィー文字やギリシア文字を借用して、新たにアヴェスター文字が作られた。アヴェスター語の方が遥かに古いものの、表記用の文字が発明されたのはパフラヴィー語の後塵を拝した。サーサーン朝期に『アヴェスター』が編纂されたのは、明確な教義・聖典を持ったキリスト教・仏教・マニ教などの台頭に対抗する必要があったためである。また、この頃既にザラスシュトラ時代の呪術が知識人の知的好奇心を満たせるものではなくなっていたことも、聖典整備の一因とされている。
しかし、『聖書』や『クルアーン』のように当初から教徒の間で広くその権威が認められたわけではなかった。『アヴェスター』が書かれたペルシア州から離れた地域では、8世紀になっても一般信徒の間で『アヴェスター』の存在が知られておらず(または理性的に語る聖典とは見られておらず)、ザラスシュトラも(少なくとも預言者としては)認識されていなかった。さらに神官でも『アヴェスター』を知らず、それとかなり異なる教義を信じていた節がある。
その来世観や終末論などの教義がセム的一神教や仏教などに影響を与えたという説もある。