この項目では、植物について説明しています。その他の用法については「にれ 」をご覧ください。
ニレ属
分類
種
本文参照
ニレ (楡)はニレ科 ニレ属 の樹木の総称である。英名 はエルム (Elm) 。日本でニレというと、一般にニレ属の1種であるハルニレ のことを指す 。
形態
広葉樹 であり、かつ基本的に落葉樹 だが、南方に分布する一部に半常緑樹 のものがある。樹高は10m未満のものから大きいと40mを超すものまである。最大種は中米 の熱帯雨林 に分布するUlmus mexicana という種で樹高80mに達する。樹形は比較的低い高さから幹を分岐させ、同科のケヤキ (ニレ科ケヤキ属 )などとよく似る種が多いが、比較的真っ直ぐ幹を伸ばすものもある。樹皮は灰色がかった褐色で縦に割れる種が多いが、一部に平滑なものもある。
枝は真っ直ぐでなく左右にジグザグに伸びる(仮軸分岐 )。葉は枝に互生し、葉の基部は左右非対称になることが多い。葉は先端に向かうにつれて急に尖る。オヒョウのように複数の先端を持つものも多い。葉脈の形態は中央の1本の主脈から側脈が左右に分岐する形(羽状脈)である 。ニレ科でもエノキ属 (Celtis )、ウラジロエノキ属 (Trema )、ムクノキ属 (Aphananthe )などは主脈が3本に見える三行脈である 。ただし、これらは最近はニレ科でなくアサ科 に入れることが多い。葉の縁には鋸歯を持つ。ニレ属は二重鋸歯と呼ばれる鋸歯を持ち、大きな鋸歯同士の間に小さい鋸歯を挟む。これに対し、ケヤキ属は普通の鋸歯である。
枝はジグザグに伸びるU. davidana
葉は互生 U. minor
花は両性花、花粉の散布方式は風媒であり花は地味である。種子は扁平な堅果で膜質の翼を持つ 。
早春に咲くU. minor の花
U. minor の花
若い果実 U. minor
種は膜状の翼を持つ U. minor
生態
斜面下部、谷沿い、川沿いなど湿潤で肥沃な所を好む種が多い。また、陽樹であり日当たりを好む。花は風媒花であり、ほとんどの種類は春に花を咲かせる。種によって芽吹く前に花を付けるもの、芽吹いた後花を付けるものがある。一部の種類は秋に花を付ける。果実は開花後数週間で熟す。種子は風散布、萌芽更新 、倒木更新もよく行う。
何種類もの昆虫がニレの色々な部分を餌として利用している。
人間との関わり
象徴
ヨーロッパではニレ(楡)とブドウ(葡萄)は良縁の象徴とされる。この風習は元々はイタリア由来とされ、以下のような話がある。古代ローマ 時代からイタリアではブドウを仕立てる支柱としてニレを使うために、ブドウ畑でニレも一緒に栽培していた。成長したニレは樹高3m程度のところで幹を切断する。ニレは萌芽を出すのでこれを横方向に仕立ててぶどうの蔓を絡ませてやるのだという。古代ローマの詩人オウィディウス (Ovidius、紀元前43-紀元前26年)はこれを見ていたく感動し、ulmus amat vitem, vitis non deserit ulmum (意訳:楡はブドウを愛している。ブドウも傷ついた楡を見捨てない)という詩を読んだ。
この話はローマ神話 の神で恋仲だった季節の神ウェルトゥムヌスと果実の神ポーモーナ の話としても好まれ、ルネサンス時代には絵画の題材としてもよく描かれた。
他にも北欧神話 (スカンディナヴィア神話)に登場する人類最初の男女アスクとエムブラ のうちのエムブラ(女)が最高神オーディン に息を吹きかけられたニレの樹から生まれたとされる。エムブラ(Embla)がニレを表す英語のエルム (Elm) になったといわれ、その語源はケルト語 の Ulme からきたといわれる。ギリシア神話 では詩人で竪琴の名手だったオルペウス が妻の死を悼みニレの木の下で泣いたとされ、悲しみの象徴とされることもある。
北アメリカの東海岸では、マサチューセッツ州 のボストン にイギリス から脱出して到着した清教徒 たちが村を作ったときに、周辺のインディアン が親切にもエルムを土地条件の指標にすることを教え、その土地は肥沃で耕作にも適し、水も容易に得られ洪水の危険もないことを知り得たという。この有益な情報から、ボストンをはじめ多くの美しい都市が生まれた。
ヨーロッパのその他の地域では、ニレ(エルム)を重要な樹に位置づけている。ニレの樹が大木になることからくる巨木信仰だけでなく、着火しやすいニレから火を得たという例が多いからといわれる。
景観
成長が早く移植が容易、また樹形や鮮やかな新緑が魅力的で爽やかな印象を与えるためか街路樹や庭園樹への利用が多い樹種である。秋の紅葉も見事であり、ヨーロッパなどでは風景画の題材としてもよく描かれた。日本では北海道大学 (北海道 札幌市 )構内のニレ並木が有名。盆栽 にもなる。
木材
心材と辺材の境は明瞭、やや硬い。比重は0.6程度。空気に触れなければ腐りにくいといい、ヨーロッパでは水道管 に用いた。またイチイの代用として弓にも使ったという。和太鼓 の胴材にはケヤキが最高とされるが、ニレが代用されることもあるという。
しなやかさがあることから古代エジプト ではチャリオット の車軸 に使われていた 。
食料・薬用
飢饉時などに種子などを食用とする場合がある。延喜式 では特に香気のない本種の樹皮の粉を使った楡木(ニレギ)という名の漬物 が記録されている 。アメリカ産のU. rubra という種の内樹皮は胃や喉の炎症を鎮める効果があり、FDA に認可された数少ない生薬の一つとなっている。小枝や葉は家畜の飼料としても使え、ヒマラヤ地域などでは今も使うという。
世界のニレ属植物
ニレ属 (Ulmus )は北半球 の温帯 に約20種があり、アジア 、北アメリカ 、ヨーロッパ にかなり近い種が分布する。特にアメリカニレ とヨーロッパニレ は性質や形状がよく似ている。
ニレは身近にある木で関心が高く、それでいて地域差も激しいのか、研究者によって相当の相違がある。学名の異名であるシノニム も数多く、ずらっと10個以上並ぶ種もある。日本にはハルニレ 、アキニレ 、オヒョウ の3種が分布する。
Ulmus bergmanniana
中国の標高1500-2500mの山岳地帯に分布。樹高20-25m、直径1m程度の中型種。中国名は興山楡。
U. castaneifolia
中国南部に広く分布。中国名は多脈楡や銹毛楡。種小名castaneifolia は「クリ の葉」の意味。
U. changii
中国南部に分布。個体数が減少しており、一部で保護されている
U. chumila
U. elongata
中国南部に分布し、樹高30mに達する大型種。中国名は長序楡、種小名elongata は細長いの意味 でともに花の長さに由来する。
U. gausseni
エルム U. glabra
アイルランド からウラル山脈 に至るヨーロッパに広範囲に分布。スカンジナビア半島の分布地などではわずかながら北極圏にも入る。樹高40mに達する大型種で、葉の形は後述のオヒョウ (U. laciniata ) によく似る。アジアからの侵入病害であるニレ立枯病 に弱い。
U. glaucescens
乾燥地にも耐えることから中国名は旱楡。
オヒョウ U. laciniata
樹高は25m程度とハルニレよりやや小型。樹形もハルニレやケヤキに比べると幹を真っ直ぐ伸ばす傾向が強いという 。葉は先端で3-7つに分裂し、日本産ニレ類では本種だけの特徴的な葉を付ける。葉柄は短く目立たない 。種小名laciniata は「細かく分裂した」の意味 。
U. lamellosa
中国に分布。樹高10m未満のことが多い小型種。
チョウセンニレ U. macrocarpa
朝鮮半島と中国東北部からチベットにかけての一帯に広く分布。種小名macrocarpa は「大きい果実」の意味 。中国名は大果楡だが地域名も多い。
U. mexicana
メキシコ南部からパナマ に至る中米地域の標高800-2000mの山岳地帯に分布。現地の降水量は年間2000-4000mmに合するという。ニレ属最大の種で樹高80m、直径2.5mを超えることもある。
U. microcarpa
最近報告された種で中国西部チベットの標高3000m付近に局地的に分布。樹高30mに達するといい、結構大きい種である。種小名microcarpa は「小さい果実」の意味 。
U. prunifolia
中国中部、湖北省 の標高1000 -1500m付近に分布。樹高30m以上に達する大型種。
U. rubra
アメリカ東部から中西部にかけて広く分布。樹高20m、直径50cm程度の中型種。樹皮を鎮痛薬に使う。オートミール に近い栄養価があり、アメリカ先住民や初期の入植者は食用として利用したが、そのつかみどころのない味からslippery elmの名で呼ばれている。
アリサンニレ U. uyematsui
台湾の阿里山 周辺の標高800-2500m付近に分布し、日本人植物学者早田文蔵 によって報告された種。樹高は25m程度に達する中型種。和名の漢字表記、現地名ともに阿里山楡。
U. wallichiana
ヒマラヤ山脈 西部、カシミール 地方に分布する。後述するU. villosa と分布地が被るが、U. villosa が湿潤な谷沿いを好むのに対し、本種は乾燥にも耐えて住み分けしているという。
U. canescens
地中海東部地域、イタリア南部からイスラエルにかけて分布する。この地域は地中海性気候 で夏の高温乾燥が厳しい、本種は比較的海沿いの湿った森林によく見られるという。U. minor の亜種と考える学者もいる。
U. chenmoui
中国南東部、江蘇省 と安徽省 に分布。樹高20m未満のことが多い小型種。個体数が減少している。
トウニレ U. davidiana
中国東北部から朝鮮半島、日本にかけて分布。樹高30m、直径1mに達する大型種で日本産ニレ類としては最大種。葉柄は比較的長くよく目立つ 。日本産種のハルニレ は大陸産のものと比べて果実の毛が生えてないことからは U. davidiana var. japonica とし変種扱いすることも多い 。かつてはU. japonica とされ、大陸産種とは別種扱いされていた。和名の漢字表記は春楡とされこれは春に花が咲くことからといわれる。もっとも、ほとんどのニレは春に花が咲くものである。
U. harbinensis
中国東北部黒竜江省 に分布。樹高15m以下のことが多い小型種。中国名は哈尔滨楡(ハルビン のニレ)。
U. ismaeris
U. lanceifolia
東南アジア地域、中国南部からインドシナ半島一帯とインドネシアの島嶼部に分布。インドネシアの分布地は赤道 を僅かに越え、南半球に分布する唯一のニレである。樹高45mに達する大型種。
ヨーロッパニレ U. minor
U pseudopropinqua
中国東北部の黒竜江省に局地的に分布。中国名は偽春楡。
ノニレ U. pumila
東はシベリア ・モンゴル から西はカザフスタン に至るまで分布。乾燥地にもよく耐える樹高10m-20mの小中型種。葉は寒冷地では落葉するが、温暖地だと半常緑だという。種小名pumila は「小さい」の意味。中国名は垂枝楡。基本的にニレ立枯病に強いとされる。
U. szechuanica
中国中南部長江 に沿って江蘇省 から内陸の四川省 にかけて分布する。種小名szechuanica は「四川の」の意味で分布地に因む。中国名は紅果楡。
U. villosa
ヒマラヤ山脈 西部、カシミール 地方の標高1200-2500mの山岳地帯に分布。滑らかな樹皮は皮目が発達し、サクラなどバラ科 樹木を思わせる様相になる。
U. alata
アメリカ合衆国南東部から南部にかけての広い範囲に分布。枝にはコルク質の翼が発達する。アジアから侵入したニレ立枯病に弱い。
アメリカニレ U. americana
北米大陸東部に広く分布。樹高30m、直径1.2m以上になる大型種で英名もAmerican elm(アメリカのニレ)、種小名americana は「アメリカの」で名実ともにアメリカを代表するニレ。ニレ立枯病に弱く壊滅的な被害を受けた。
U. laevis
西はフランス から東はウラル山脈 に至るまで南部を除くヨーロッパに広く分布。
U. thomasii
五大湖 南岸を中心に分布。樹皮は荒々しく裂け、枝にはコルク質の翼が発達する。英名rock elm, cork elm。
U. crassifolia
アメリカ南部地域、ミシシッピ川 より西からテキサス州 ・メキシコ 国境のリオグランデ川 に至る範囲に分布。英名cedar elm(針葉樹 のようなニレ)、針葉樹の中でもテキサス周辺で特に目立つビャクシン属 を指しているといわれる。樹高25m程度の中型種、葉は3-5cm程度と小さくかつ厚い。種小名crassifolia は「分厚い葉」の意味 。花は晩夏から初秋にかけて咲く珍しい種で後述のU. serotina とは簡単に交雑し雑種を作るという。
アキニレ U. parvifolia
中国の中部以南の広い範囲、朝鮮半島と日本に分布。日本では西日本に分布し河原等の水辺を好む。樹高は15m程の小型種で、ハルニレに比べるとだいぶ小さく、樹皮の感じも平滑で鱗片状に剥がれる所などハルニレというよりはケヤキに似ている。このため別名イシゲヤキ(イシは木材の硬さ由来)やカワラゲヤキなどと呼ぶこともある。種小名parvifolia は「小さい葉」の意味 で、実際に葉は3cm程度と小型である。縁には二重鋸歯を持つが、小さい葉では発達が悪くしばしば単鋸歯に見える。世界でも3種しかない秋に花が咲く珍しい種類で和名はこれに由来。中国名は榔楡。ニレ立枯病に強い。
U. serotina
アメリカ合衆国南部テネシー州を中心に隣接する州にも点々と分布する。樹高は20m以下のことが多い小型種。花は9月頃咲くことから英名をSeptember elm(9月のニレ)という。種小名serotina は「晩生の」の意味 で、これもおそらくは花の咲く時期に由来する。かつては公園樹などとして良く用いられたが、アジアから侵入したニレ立枯病に弱く現在はほとんど姿を消した。
オウシュウニレ U. procera
脚注
参考文献
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
ニレ に関連するメディアがあります。
外部リンク